東京地方裁判所 昭和52年(ワ)4190号 判決
一 原告が本件実用新案権の実用新案権者であること及び本件考案の実用新案登録請求の範囲の欄の記載が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない甲第二号証の一ないし三と前項に確定した本件考案の実用新案登録請求の範囲の欄の記載によれば、本件考案は、次の構成要件からなるものと認められる。
A 皿形状のケース本体の壁面に永久磁石を埋着し、かつ、その両面に磁極片を当接すると共に同磁極片を壁面外側に貫出せしめてあること。
B 皿形状のケース本体の蓋体に磁性片を取付け、これを磁極片の端面に吸着せしめるようにしてあること。
C 磁極片の露出部の幅によつて皿形状のケース本体の壁部と磁性片との間に指先挿入用の空隙を形成してあること。
D ケースであること。
三 被告が昭和五一年九月ころからすくなくとも昭和五二年二月末ころまで製造、譲渡していた筆入れの構造が、別紙目録中の「指先挿入用の空隙14を形成した」との記載及び第三図における右記載に対応する図示部分を除き、同目録記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
四 しかして、原告は、被告の右製造、譲渡にかかる筆入れの構造は別紙目録記載のとおりであつて、そのうちの「指先挿入用の空隙14」は本件考案にいう「指先挿入用の空隙」に該当するから、被告の製造、譲渡にかかる筆入れは本件考案の技術的範囲に属するという趣旨の主張をする。
1 そこでまず、本件考案の構成要件Cにいう「指先挿入用の空隙」の意義について考察する。前掲甲第二号証の一ないし三によれば、本件明細書の「考案の詳細な説明」の欄に、「従来の此の種ケースに於てはケース本体の壁部と蓋体との間に指先挿入用の空隙が存しない為に蓋体側に指先の引掛部を形成したり同部牽引用の金具を附設しない限り蓋体の開被を簡単に為すを得ない弊があつた。」(別添実用新案公報二欄九行ないし一三行)こと、「本考案は斯る欠陥を除去せんとするものであ」る(同公報二欄一四行)ことすなわち右欠陥を解消するために本件考案の如き構成を採用したこと、そしてこの構成を採用したことにより、「格別の装置を附設する等のことを必要とせず蓋体の開被を容易に為し得る」(同公報二欄二二、二三行)という実用上の効果を奏するものである旨記載されていることが認められ、これらの記載によると、本件考案において蓋体の開被を容易になしうるという実用上の効果は、直接的には磁極片の露出部の幅(長さ)によつてケース本体の壁部と磁性片との間に形成される指先挿入用の空隙によつてもたらされるのであるから、右空隙は、通常の使用状態において指先による蓋体の開被が容易になしうるように指先を挿入し易い程度の広さを有していなければならないと考えられ、そして同号証によれば、現に、実施例を示す本件明細書添附図面の第三図には、壁版4に設けられた通孔13を経て外方に貫出している磁極片12、12´は壁版4から著しく突出しており、これによつて形成された壁版4と磁性片15との間の空隙に右手の拇指の先端部分がかなり深く差し入れられている状態が図示されていることが認められる。また証人森田芳和の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第二号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一号証、同証人の証言によれば、本件考案の実用新案登録出願前から、すでに、本件考案の構成要件A、B及び「ケース本体の壁面外側に突出した磁極片の突出部の幅(長さ)によつてケース本体の壁部と磁性片との間に空隙を形成した」構成からなるケース(筆入れ)が文房具製造販売業者によつて製造、販売されていたこと、そして右ケース(筆入れ)には蓋体を開被するための格別の装置、例えば蓋体側に附設した引掛部などが設けられてはいないが、ケース本体の壁部と磁性片との間の空隙が狭少であり、そのため、蓋体の開被は通常指先を当該空隙に少し挿入したうえ蓋体を押し上げて行うものであることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
以上認定の事実、すなわち本件明細書の「考案の詳細な説明」の欄及び添附図面の第三図の各記載とこれに基づく前記判断及び本件考案の実用新案登録出願前における前記認定の先行技術、並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、本件考案の構成要件Cにいう「指先挿入用の空隙」とは、通常の使用状態において手の拇指の指先が完全に挿入され、かつ、その指先をもつて容易に蓋体を開被することができるほどのかなり幅広い広さを有する空隙であることを意味するものと解すべきである。
2 したがつて、本件考案の構成要件Cにいう「指先挿入用の空隙」が右のように認定される以上、原告は、被告の製造、譲渡にかかる筆入れを示すものとして主張する別紙目録のうちの「指先挿入用の空隙」も右認定にかかるものとして主張するものと解されるところ、証人森田芳和の証言、本件口頭弁論の全趣旨によれば、被告の製造、譲渡にかかる筆入れには、ケース本体の壁部と磁性片との間に空隙が形成されているものの、右空隙は、狭少であつて、手の拇指の指先を挿入してその指先で容易に蓋体を開被することができるほどの空隙であるとは到底いいえないことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
3 以上によれば、被告の製造、譲渡にかかる筆入れは、別紙目録中の「指先挿入用の空隙」すなわち「通常の使用状態において手の拇指の指先が完全に挿入され、かつ、挿入されたその指先をもつて容易に蓋体を開被することができるほどのかなり幅広い広さを有する空隙」を欠如しているから、結局、被告が別紙目録記載の筆入れを現に製造、譲渡し、あるいはかつて製造、譲渡していたことを前提として、それが本件実用新案権を侵害するものであるとする原告の主張は前提を欠き、失当といわなければならない。
五 してみると、原告の被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、棄却することとする。
〔編註〕本件に関する目録および図面は左のとおりである。
別紙目録
硬質芯板1を熱可塑性軟質合成樹脂シート2、3を以て被包して底版5、背版6、蓋版7及び端版8を連続して一体に構成し、この合成樹脂シート2、3の延長部を以て底版5に連続する壁版4を構成すると共に熱可塑性硬質合成樹脂板を以て壁面を中空状とした皿形状のケース本体9を形成し、その周壁の下縁を前記の底版5に、また前方の壁面を前記の壁版4に溶着すると共にこの前方の壁面にフエライト磁石10及びその両面に当接した磁極片11、11´を装入し、同磁極片11、11´の外端を壁版4に透設した通孔12を経て外方に貫出させ、上記の端版8に磁性片13を取付けてこれを磁極片11、11´に吸着させるようにし、かつ、磁極片11、11´の露出部の幅によつて壁版4との間に指先挿入用の空隙14を形成した筆入れ
<省略>